第六百十三話
戦場の模様は指揮官が作り出す。
もちろん全てが指揮官の思い通りにできるわけではない。相手の指揮官が想像以上の天才や無能であったなら模様は乱れる。だが、同程度の指揮官だったならば拮抗された美しい模様が描かれる。
この場においての模様は間違いなく連邦の色が多く、主導している。
それは現実的にもそれぞれの軍全体の認識としても間違いではない。
しかし、ネオ・ジオンを実質率いているハマーン・カーンにしてはあまりに静かだったが、ここに来て動く。
ハマーン・カーン直々の出撃である。
だが、連邦軍としてはなぜこの段階で出撃したのかが理解できないでいた。
軍が誘引されて艦隊までの道のりが薄くなっている、などということはない。ジオンは大艦巨砲主義ならぬ大モビル巨砲主義的であることは当然連邦も熟知しており、正面を薄くするなどということはありえない。
にも関わらずハマーン・カーンは正面から突っ込んできた。いくらなんでも無謀にしか見えなかった。
しかし、ハマーン・カーンにとってはこれを待っていた。
連邦軍は気づいていないが、問題なく防衛網は構築されているのは確かだが、それは数だけを見れば、の話である。
ハマーン・カーンが前線指揮官達に誘引を指示していた。しかし、それは軍全体の話ではない。
「所詮ニュータイプといえど付け焼き刃の兵士などこの程度か」
ミサイルのような速度で疾速する急ぎ開発された専用のSFSに乗るクィン・マンサの中でハマーンが呟く。
そう、誘引していたのは軍全体ではなく、ニュータイプに対してのみだったのだ。
ハマーンが全権を握り、実行する本人であるため、レーダーやカメラなどで確認できずともニュータイプがどこにいるか把握するのは本能をむき出しに闘争を繰り広げる戦場において難しくはない。
「アムロ・レイが出てきたせいで損耗が激しがな」
専用機と化したクィン・マンサに乗るハマーンにとって敵と言えるのはニュータイプの部隊だけであった。
ネオ・ジオンの勝利は連邦軍のMSを削ったところで達成とはならない。末端などいくらでもいるのだから。
そういう意味では撃退しても同じ意味である。
撃退したという武威は示せるが、武威とは脅威と同義であり、結局はまた新たな争いの種を撒くだけである。
勝利への道はルウム戦役のレビルのような高官を捕虜として話し合いに持ち込むことが最善と言えた。
一兵卒程度が万単位で捕虜となったとしても交渉にもならないが、高官……上級将校ともなれば軍だけに留まらず、政治家とも繋がりもあって交渉の余地が生まれる。
そして、今回に限っては有力政治家まで出張ってきているので捕虜とすることができれば大きな手札となる。
つまり、実質選択肢は1つしか存在しない。