第六百九十二話
「ありえん……なんだこれは。今日はエイプリルフールではないぞ」
「軍はいつからこんなフェイクニュースを作るほど暇になったのかね」
地球連邦政府は報告を聞いた当初本気で冗談だと思った。
宇宙軍が多大な被害を被ることはオデッサでの敗北から予想していたが、それでも『戦い』、互いに相応の被害が出て、効率が悪くとも数で押しつぶせばいい。
カラバはそんな人を使い潰すような戦い方を望まなかったが国民を誘拐していることを全世界に向けて発信されたとあっては負ける戦いでも戦わないわけにはいかなかったのだ。
だが、結果は――惨敗、完敗などという言葉では言い表すには足りないほどの敗北。
「奴らのMSを1機も落とせなかった、だと?我々は七面鳥でも差し入れたんだったかな」
「皮肉を言っている場合ではないぞ。臨時予算で整えた軍が消え、残っているのはあの愚か者が残したエスパーもどき達とその機体、試作段階のものばかりで後は二線級の戦力しか存在せん」
「それに奴らは一ヶ月後に攻撃を開始すると宣言しておる。これ以上の好き勝手は許されん」
「大気圏が抑えられている現状、奴らは好きなところを攻めることができるのが問題だ。防衛も満足にできんぞ」
声だけは出ているがいつも以上に何一つ決まらない会議はいつもと変わりないように見えるが政治家達の表情は曇り、顔色も悪く、嫌な汗を流している。
「だが、奴らは元々コロニー1基の勢力だという話だ。どこを狙うかわからんにしても占拠するとなると戦力を割く必要があるのだから限界はすぐ来るだろう」
「いや、嘘か真か知らんが奴らの目的は地球を人類からの解放と謳っておるし、事実オデッサから国民が……奴らの言い分を信じるなら既に10万人以上が宇宙に運ばれている。本当に『地球から人類を消す』ことが目的だとすると占拠した地を統治する必要がないのではないか」
「は?あれは地球を支配するための方便だろう!地球から人間を排除してなんのメリットがある!」
「そんなことは知らんよ。可能性が高いのは連れ去った民でナチスのように人体実験をしているというものだが、わざわざ我々に正面切って戦争を仕掛けてまでする必要性があるのかという疑問がある。外部と繋がりがなさ過ぎて調べることもできん」
「繋がりといえばあのジャミトフJrからは情報が引き出せんのか」
ミソロギアのジャミトフは若返って、この世界のジャミトフの孫のような年齢であることから分かり易さと皮肉を込めてJrをつけて呼ばれていた。
「彼は情報の取り扱いに長けているためなかなか難航しております。ただ、私感を述べると彼が喋る情報は間違いやミスリードなどはないように思う。少なくとも本人が正しいと思って情報を話してくれている」
「根拠はあるのか」
「出す情報がはっきりと線引されている。もちろん誰でもその程度のことはするが、彼は露骨が過ぎる。つまり話していいことは話すというスタンスのようだ」
「ふむ……しかし、それが事実だとすると余計に頭が痛いな。つまり、奴らは本当に地球から人類を排除する気でいるということだろう」
「……そういうことになるな」
「もう1人の女の方はどうだ」
「あちらは――わからん。分からなすぎて探る気にもならん」
「どういうことだ」
「あの女と話をするとこちらの思惑がわかっているかのような感覚に陥る。もしそうだとしたらそれをこちらに悟らせるぐらいには未熟だということだが、安心して良い材料なのかどうか……あの爆発を盾一つで耐えきった化け物に私が平常で居られなかっただけかもしれないがな」
「……とりあえず、今のままではまた国民は攫われ、我々の立場も危ういということだな……せっかくっ脱却できそうだったがあいつらに頼るしかないのか」
「アナハイムですか……」