第九十四話
「久しぶりだな。アレン博士」
「ああ、シャア……いや、クワトロ大尉と呼んだ方がいいか」
「私はクワトロ・バジーナだ。それ以上でもそれ以下でもない」
……これは先行き不安だな。
ナタリー中尉や子供のことを切り捨てるとまでは言わないが、優先順位ではエゥーゴが上位になっている可能性がある。
無駄に有能な人間は余計なことも背負い込むことが好きで困る。
「何処に居ても窮屈なように見えるな」
「君は何処に居ても自由そうだな」
「当然だ。もっとも以前よりは柵(しがらみ)は増えたがな」
以前の私なら戦争、しかも偵察とはいえ最前線に赴こうなどと思いもしなかったはずだ。
優秀な検体達と研究仲間(ハマーンとイリアとスミレ)が揃って頼ってくるのだから仕方ない。
「それが成長というものだ」
「ふん、人間とはそうやってなんでも成長と受け取ろうとする。信頼関係は成長とは無関係だ。相変わらずの利己主義だな」
そう、シャアは結局のところ自分のことしか考えていない。
そして自分がしたいこと、やりたいことが圧倒的な強さと天然のカリスマにより周りを感化させ、巻き込んでいく。
甚だ迷惑なやつだ。
アクシズの外へ出したのは正しかったかもしれないな。下手をするとアクシズがまた2つに割れることになった可能性がある。
「ハハハ、手厳しいな」
「そうやって受け流すことばかり慣れていると手痛いしっぺ返しを喰らうことになるぞ」
「忠告ありがたく聞いておくとしよう。それで本題だがアクシズがこちらに向かってきていると聞いた。仲介を頼みたい」
まぁわざわざ私に会いに来る理由なんぞ他にないだろうな。
「ああ、アクシズが到着するにはまだ少し時間が掛かるが予定は組んである」
「段取りが良いな」
「一応ハマーンから同盟の条件を聞いているが……」
聞くか?と視線で問うとシャアは珍しく苦笑いを浮かべて答えた。
「君達の間柄も相変わらずのようだな。そのような重要なことを一介の民間人に託すとは……と言うか以前に私はアドバイスしたはずだが?」
「私が誰かの下に付くとトラブルしか起きない気がしてのでやめた」
ハマーンやナタリー中尉などにそう説明すると妙に納得されたが——
「なるほど」
シャア、お前もか。
どうも納得がいかん。
私が言いたいのは天才の私が誰かの下に付くと上の嫉妬や僻みが煩わしいという意味で言ったのだがハマーン達はどうも私が問題を起こすと思っている節がある。
凡人程度に妬まれようが僻まれようが私が気にするわけがないだろう。軽く実験台にしたり強化訓練(男用)を施す程度だ。
「それで条件は何かな」
「サイド3」
「当然といえば当然の要求か……持ち帰って検討しよう」
「ルナリアンか」
「エゥーゴの出資者はアナハイムだからな。次回はそちらからも人が出るだろう」
「……面倒事の予感がする」
おい、その適当に笑っておけ的な笑顔はやめろ。
こんなことなら言わなければよかった……いや、ちょっと待て、私はただのメッセンジャーだ。そんな存在に権限なんてない。Q.E.D.
と思っていたが後日、ハマーンから事前抗争……じゃなかった事前交渉を済ませておくようにとお願いされた……命令ではなくお願いなあたりがいやらしい。命令なら突っぱねて離反とかできるのに。
「それにしても……コロニーを欲しがるとは、君は私の想像を遥かに超えるな」
「ふん、凡人の尺度で私を測ろうなど甘いな」
「つくづく思い知らされたよ」
「そういえばそちらもエゥーゴ代表に昇進したんだったなおめでとう」
「残念ながら喜べる心境ではないな。もっと私が早く気づいていれば……いや、警戒して然るべきだったのだ」
ハァ、またそうやって背負う。
人間すべてのことが万全にできるなら世界は破滅しているぞ。
言ってわかるなら既にわかっているだろうから言わないがな。
「エゥーゴの方は大丈夫なのか?ティターンズは連邦軍を使うようになったから戦力差は更に開いたが?」
シャアに軽く探りを入れてみる。
エゥーゴに関しての情報は実のところ多くはない。
エゥーゴの構成員は元々が連邦軍とジオン残党と民間人という寄せ集めである。しかし、逆に言うと寄せ集めなければエゥーゴとわからないため、どれだけ浸透しているのか想像もできない。テロリストの強みというやつだな。
私独自の調査では地球では別の地下組織と言える反地球連邦組織カラバが地表に現れ、ティターンズと激戦を繰り広げているらしい。
そのカラバの人員の中にあの、あの白い悪魔が参戦しているという。
悪い冗談だと思いたいところだが、現実は無情でシャアも会っているそうなので間違いない。
赤い彗星に白い悪魔……アクシズが本格参戦すればソロモンの悪夢か……夢のタッグだな。平和な時代になればカードゲームなども作られそうだな。
「何とか混乱は収めた。以前から比べると動揺が走っているのは間違いないがな」
それだけだと以前から収集していた情報と変わりない。