第十七話
「おお、っと?!」
予期せぬことで驚きの声が漏れてしまった。
意気込んで無重力の任務に来たんだけど、まさか待機所から無重力になるとは。
「げっ、やべぇぞ。これって無重力の中でパイロットスーツ着る展開か?!」
重力下で着ることには既に慣れた。でも無重力でとなると話が——
「やっぱりか?!」
もうパイロットスーツを着るだけでてんやわんや。
パイロットスーツが泳いで逃げる。追いかけようと俺も慌てて泳ぐと溺れる。
くそ、まさかこんな難敵が待っているとは思わなかったぞ。
結局着るだけで40分ぐらい使ってしまった。そしてその分だけ疲れた。
トレーニングスーツを着ての筋トレの成果が早くも出てきているらしく、体力と筋肉が付いてきたのでへばっているわけじゃない。ただし、ボス(難敵)に挑む前に万全な状態にしたいのはゲームでもリアルでも変わらない。そういう心境だ。
まぁ任務が終わるまでは自室に帰れないんだけどな。
こんなこともあろうかと買っておいてよかった。ウエストポーチ(3580G)から取り出したるは総合ビタミン剤!(90錠で1728G)
効果は疲労回復、体力増強補助、筋力増強補助、覚醒、造血(必要量より増えない)、眼精疲労回復、内臓強化、免疫力向上、集中力向上と優れた効果ばかりで、服用は用法用量を守れば1日1錠しかできないが効果の持続は(おそらく)6時間程度ということが判明している。
これと目薬を併用することで恐ろしい全能感を得ることができる。
まぁ覚醒が一体何に何が覚醒しているのかわからない点が不安ではあるが……この全能感が覚醒なのか?それならまだいいんだが。
ちなみにパイロットスーツには1つの特殊ルールがあることが判明した。
アイテムの持ち運びはボトルなどで試してみたがロッカーという存在以外で行うことができなかった。
そんな仕様であるがためにロッカーという自室と待機所を繋げる存在があるというのは理解できる。
しかし、その中で例外があった。
パイロットスーツである。
自分が着用している状態だとパイロットスーツに限っては自室に帰還することができる。つまり持ち運びの定義から外れることになる。
ならば、アイテムを身に着けていればそれぞれの場所に移動する制限をかいくぐれるのではないかという考えでウエストポーチを購入して試みたのだが……見事に自室に置き去りになってしまった。逆に待機所や格納庫から自室へと帰還する際にも同じ。
ものの見事に目論見を粉砕されてしまったわけだ。
「さて、思わぬ苦戦で時間が取られたが、ここからが本番だ」
端末を操作して待機所から格納庫へと移動する。
「やっぱりこっちも無重力だよなぁ。ここからは訓練の成果が問われるな」
いつもは重力下であるため格納庫に存在していた昇降機が必要だったが、無重力では必要がないため用意がされていないようだ。
その変わりにMSハンガーにMSが……ヅダが固定されていた。
そう、今回はヅダから乗ることにした。
その理由としては、ザクは無重力下でもザクであまり大きく変化することはないだろう考え、それに比べ、ヅダは無重力下なら更に優れたパフォーマンスを見せてくれるのではないかという期待もあっての選択だ。
……まぁ、それでも1.8倍のコストはちょっとないけどねー。確かザクシリーズが一年戦争で約8000機作られたってどこかの本で書かれてたって聞いたけど、それに合わせるとヅダは4444機しか作れないことになる。
しかも、これで地球降下作戦後はMSが足りない。
宇宙の各重要拠点(サイド3、ソロモン、ア・バオア・クー、グラナダ)にそれぞれ防衛戦力として200機、そこそこ重要な拠点のベズン、アクシズに100機ずつだとして合計して1000機が防衛戦力だとすると後3444機……余計にヅダを採用するの難しいだろ。
ルウム戦役でザクの投入された数が2600機なんて数字もあったような気がする……まぁ参加した戦艦の数から考えるとこれは眉唾だ……が、それが正しいとするならヅダでは1444機相当、つまりMSの数は1155も減ることになるわけだ。
これで戦線維持できるのか?そもそもせっかくミノフスキー粒子で撹乱しているのに機動戦力を減らすのはドクトリンとして矛盾があるように思える。
更に言うとルウムで活躍したはずの核武装は標準装備の1つであった可能性を考えれば頭数が少なくなるのは致命的だろう。弾頭をそんなに持ち運べたとも思えないし。
大量生産でコストが安くなるのはヅダだけじゃなくてザクも同じだしな。
ただし、唯一心配なのはザクをそれだけ製造して整備費用は大丈夫なのか、という点だ。
作れば維持する必要がある。その数が増えればなおのこと。
「と俺の中では主力兵器の座からは転落すると結論付けているが逆転できるか、ヅダ!」
訓練の成果もあってヅダのコクピットハッチまでうまく飛ぶことに成功し、ハッチの開放もうまくいった。
ここまでスムーズにいったのは無重力空間での訓練のおかげだな。すぐに挑んでいたらどうなっていたやら。
操縦席に座り、シートベルトをして操縦桿を握り……そこで気づく。
「……操縦桿を動かすのに違和感がある」
こんな小さいことですら違和感がある……こりゃ地球から人間が離れたがらないわけだ。
今まで無重力空間では移動訓練ばかりしていたから気づかなかったな。
これはシミュレーションに行く前にこの違和感を解消する必要があるなと感じて10分ほどガチャガチャして遊ぶ。
あ、そうそう、最近、よく意識が飛んで知らない間に随分と時間が経っていることがしばしばあるので100均で薄いデジタル時計を購入した。
いやー、品質を問わない生活用品という点だけではなんて便利な100均なんだ。安物買いの銭失いになる可能性もあるけど使う場所もハードだから中途半端に良いものを買っても壊れる可能性があるからな。
…………
………
……
…
ハッ?!もう10分経ったか?ここのところ本当に何かやっている時に意識がなくなることが多いな。
水分不足とかは結構なるけど不思議なことに事故や失敗はほとんどないんだよなぁ。そういえば歩きスマホやってる時もなぜかうまく人を避けれてた気がするし……危険そうだったから皆が避けてたという可能性もあるけどな。
「さあ、ター子さん。よろしく頼むぜ!」
『20分間シミュレーションを開始します』
「……予想通りステージは宇宙か」
格納庫のハッチが開くと、そこに見えるのは闇とそれに瞬く星々と——
「おお、月だ。しかもでかいな。スーパームーンなんて比にならないぞ」
……おっと、悠長に眺めている場合じゃないな。
早速、操縦桿を操り、ヅダに初めての1歩を歩ませる。
「……なるほど、足が接地して歩くのは地上とあまり変わらないな」
少しコクピットで感じる揺れが違うだけでMSの操作には変わりがない。
それとヅダはやはり宇宙戦を意識した作りなことが改めて分かる。
歩く振動が重力下よりも少ないことは予想していたけど、俺が思った以上に足取りが軽い。
改善して欲しいと思っていたヅダの歩行能力の低さがあったがそのあたりは気にならない。
「これはヅダ復権(俺の中で)もあるか?」
購入履歴
17話
総合ビタミン剤(90錠) 1728
ウエストポーチ 3580
デジタル時計 100
残りゲージ:47861381G