第五話
「さあ、行くぞ」
自分に言い聞かせるように意気込みを呟き、シミュレーションを開始するにタッチする。
『シミュレーションを開始します。右隅に操作方法が流れますので参考にしてください』
マニュアルがあったからてっきりそれだけかと思ったら、こういうチュートリアルも用意されていたのか。
まぁスコアを稼ぐならこんなものに頼っている場合じゃないけどな。
そんなことを考えていると閉ざされた空間に外部の光景が映し出される。
その光景はコクピットから眺めるものより高い目線で、ザクのモノアイからのものであるというのがわかる。
これが、これからの俺の職場か。
狭く、重苦しく、そして殺伐としている。
それでも、俺は……
「生きたい」
それと操縦桿を握り——
「斉藤誠信(まさのぶ)!出る!」
いくら辛い現実であってもやはり様式美ってあるだろ?
そんな馬鹿なことを考えつつ、MSを歩ませるべく操縦桿を前へ倒す————
「おおおお!」
たった1歩、されど1歩。これは戦いが始まる1歩なのだ。
「それにしてもシミュレーションなのに振動があるって、どんだけハイテクなんだ」
けど、心配していたSEEDの連合のMSみたいにOSの開発の段階からじゃないようで助かった。さすがにあんな状態から開発するとなると本当に仕事レベルで必至にならないとできないだろう悪夢だ。
よし、どうやらこの任務はチュートリアル的なもののようだな!
——なんて思っていた10分前の俺を殴ってやりたい。
「めっちゃ動きづらい。なんだこれ」
歩くのには不便はない。
しかし、歩く以外が不便だ。
改めて二足歩行の兵器が実現しない理由がわかった。
まずは足運び1つ取ってもかなり難易度が高い。
人間にとって足を上げるという動作は自然なことだから気にしないけど、これがロボットとなると難易度がかなり上がる。
それは立てる、歩ける、上げる時のバランス感覚がーなんてことじゃなくて、もっと単純に、足をどこまであげるかの判断が難しい。
車両なら前後、特殊なものでも真横移動ぐらいだけど、MSの移動って常に足を上げる動作、下ろす位置への気配りが必要だ。
「とりあえず面倒くさい兵器だなぁあ!!」
シミュレーションではコースが用意されていて地形は色々あった。
市街地、平原、荒野、湿地、亜熱帯、森林、山岳つまり障害物リレーの一種かな。
これが本番と同じステージなわけなんだけど——
「あっ————くっっそぉ!」
市街地には車が放置されていて、それを踏んでしまって爆発。
その衝撃ではMSへのダメージはない。さすがジオンの脅威の技術力!!ただし俺自身は盛大にダメージを食らう。
「しまっ」
衝撃を耐えるために踏ん張ろうとしてペダルを思いっきり踏んじまっ——
「ぐぇ」
ザクは見事に横転。
くそ、何回目だよ。
ちなみにこれ、仰向けに倒れるとメインスラスターが損傷して使えなくなるので要注意……難易度高すぎるだろ!
幸い、今回は途中でビルに寄りかかって何を逃れることができた。
「こんなんで戦闘なんかできるのか?」
そんなこんなで18分というギリギリのタイムで四苦八苦しながらなんとかかんとかゴールにたどり着けた。
ただ、少し慣れたおかげで後半はスムーズに進むことができた……湿地帯とか亜熱帯とかかなり進むのが難しいけどな。
不幸中の幸いは多少の水飛沫や木へのダイレクトアタックなどではザクはびくともしないことだ。
こんなところだけはしっかりと最新兵器をしているらしい。
もしかしたら20分のシミュレーションってのは任務そのものが20分で達成できるからこの時間なのかもな。
さあ、本番へ!と思ったらモニターに新たな文章が記載される。
『シミュレーション内で任務達成を確認しました。任務達成ボーナスとしてシミュレーション内を残り時間×5の自由時間が得られます。任務に取り掛かりたい場合はキャンセルすることも可能です』
こんなダルい作業何回もできるか!!
「なんて言えたらいいんだけどねー」
残念ながら、この作業に命がBETされてるんだから面倒だから、しんどいから、ダルいからなんて言ってられないのよ。悲しい現実ってやつだな。
それにしても本物のMSの操縦まで道のりが遠いな。まぁ現代でMSの実現させるよりは早いだろうけど。
「……それにしたって任務達成ボーナスというには塩辛いよなぁ〜少しぐらい砂糖をくれても良くってよ?」
ちょっとくねりながら言ってみたが誰かに指摘されなくてもキモいことは自覚してるぞ。
『だが断る』
「……え?」
モニターにはユーモア()あふれる回答がされていてこんな狭い空間で、しかも眼の前にあるモニターを見間違えるはずもないのに2度見しちゃったぞ。
でもよく考えると最初に英語のタイトルが読めないって言ったら変換してくれたのだからこれで2度目だということに気づいた。
それからしばらく話しかけてみるとパターンがあることがわかった。
簡単に言えばボケればツッコんでくれるといえばわかりやすいか?例えば——
「ザクとかけまして、機動戦士ガンダムと解く」
『そのこころは?』
「どちらも1つ目でしょう」
『1点』
こんな風に……なかなか辛辣に返してくれる。
多分だけど部屋にあるパソコンのナビもこのMSのナビも同じだろうから暇つぶしにはいいかもしれない。
だって、俺、話し相手居ないんだぜ?気が狂わなければいいけど。
10分の自由時間も終わり、今度こそ本番だ。
「これが二次小説なら前振りなげーよ、ってツッコむとこだな」
今度こそ任務開始をクリックする。
『任務を始めます。カウント、3』
『2』
『2』
『1。武運を祈ります』
……え?壁が動いてる?もしかして出撃は自力なのか?!
あ、確かにこの光景、シミュレーションのスタート位置から少し後ろからっぽい?でもカタパルトとか……ああ、コロニー内歩行訓練だったな。
「おっと、もたもたしてる場合じゃないな。最初から全力全開だ!」
出鼻をくじかれたが、早速ザクを歩く。
最初はよちよち歩きだったザクも今ではやっとまともに歩くよりも少し早いぐらいには動かせるようになった。
それにしても動かす感覚とか振動とかは本当にシミュレーションと本当に変わらないのな。違和感が無さ過ぎて緊張感が抜けそうだ。
だが、俺には越えなければならない壁がある。
任務達成ボーナスの10分という自由時間の間に訓練した成果を見せてやる。
「いくぞ」
今までとは操縦桿と脇にあるレバーを下ろす。機体の重心が低くなるのを体で感じ——
「とう!」
その声と共にザクは宙を舞う!……すまん、多分舞うなんて言っているが操縦席にいる俺が舞うなんて言える光景かどうかはわからん。
少なくともガンダムが跳んだ時よりも不格好なのは間違いないな。
「ぐっ!」
対G軽減効果があるパイロットスーツを越えて襲いかかる重い空気を歯を食いしばって俺の腕や足が踏ん張って耐えようとするのを堪える。
30分というアニメを見る程度でしかない短い間の経験はやはり値千金。百聞は一見に如かず。この場合は行動だけどな!
俺は途中で気づいたんだ。
任務はテストパイロットなのに内容は歩行訓練ということになっていた。
思い出してほしいんだが、任務の『人型兵器のテストパイロット』、それなのに内容に書かれているのは『歩行訓練』、これって微妙に意味が違う。
テストパイロットだから歩行訓練?ある意味あってはいるんだよ。でも、それなら任務はテストパイロットではなく人型兵器の歩行テストでいいんじゃないかって。
俺の予想では任務が本来の文字通りの任務、内容はゲームが意図した内容が表記されているんじゃないかって思ったんだ。もしかしたら馬鹿の考えなんたらかもしれないけど少なくとも俺はしっくり来た。
簡単に言うと、任務=ジオンの目的でジオンが発行する目的、内容=ゲームの意図で今現在でいうとチュートリアルって感じなんじゃないかと思ったわけよ。
俺がひねくれているという可能性も捨てきれないけどな!
で、今回はテストパイロットが任務。なら、チンタラと歩いてればチュートリアル的にはいいかもしれないけどジオン勝利にはまずい気がする。
なにせ敵は10倍の国力、そう簡単にひっくり返せるとは思えない……いや、俺1人がいくら頑張ってもあまり意味ないかもしれないが、自分の命を賭けているんだからやらないよりはやった方が後で後悔しなくていい。
重たかった体からGが取り除かれる感覚!ここだ!
「スラスター全開!」
メインスラスターを全開にして更に高く上がる。……ガンダムだったらもっと余裕があるんだろうなぁ。多分、これぐらいのマンションならスラスターとか必要ないよ。
でも……悲しいけどこれ……プロトタイプザクなのよね。
「よっしゃ。マンションは越えた!」